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つわりなく、あっという間に分娩 固太りで、知恵づきも抜群
色白、肌ピチピチ、目パッチリ

胎児の発生段階、妊娠初期の母体の健康は、出生児の一生に決定的な影響が あるといわれています。 とくに、妊娠中の最初の三ヶ月は、子どもが幸せになるか、不幸になるかの分かれ道になるほど 重要な時期になるといわれています。 鹿児島の西政次医師が「これから新しい生命をつくられる方は、婚前から寿元を食べて欲しい」 「妊産婦の方は、一缶でも二缶でも寿元を食べていただきたい」と、十数年前から訴えているのは、 こうした理由からです。 西先生は、妊娠前から寿元を食べていれば、生まれる子どもは「ほとんど優秀児である」と いい切っているほどです。 この章は、全国に広がる、健康で、活気ある寿元ベビーのさまざまな姿と、母親の出産の状態を まとめてお届けします。

こんにちは寿元ベビーその2/ 妊娠前期が優秀児出生のカギ

つわりなく、あっという間に分娩
【自分で車を運転、病院へ】
はじめまして!私、沖縄生まれの麻里子ともうします。
この世に誕生して、まだ五ヶ月ですが、ちょっと太めなのが悩みのタネです。 この写真は、生後百日目のときに撮ったものです。髪の毛が多かったので、ままが リボンを結んでくれました。どう?かわいいでしょ。
私の家族は、まな寿元党で、当然、私も寿元ベビーになりました。 とくにママは、妊娠中、私のためにせっせと寿元を食べていたので、ツワリもなく、 元気溌剌に十ヵ月を過ごせたそうです。
私が生まれたとき、ママは自分で車を運転して病院に行ったんですって! 信じられます?
私の大好きな寿元メニューは、「寿元ゼリー」です。 健康食のゼリーに、寿元を混ぜてドロドロにして食べるんです。 とってもおいしいんですよ。皆さまもお試しになりませんか。この寿元ゼリーを食べた お陰で、皆さんから”お肌がきれいね”って、ほめられますし、いうことありません。
寿元を食べて、いつもニコニコ・・・・これが、私のモットーです。 だって、やっぱり女は愛嬌ですものね。ですからどんなときでも、笑顔を忘れずに、 毎日を明るく、楽しく過ごしたいと思っています。
これからも、全国各地に寿元ベビーの輪が広がることを 祈りつつ、ペンを置きます。

(沖縄県在住・麻里子ちゃん)
【五回ほど気張ってポン!】
私の名前は、彩子(さいこ)、昭和五十八年五月九日、 九州は志府志町に生まれました。
生まれたときの体重は、三千二百五十g。その後、三ヶ月で6.5kgまで 成長しました。ちょっと小型ですけど、固太りで夜泣きひとつしません。
約一ヶ月で、手を吸ったり、寝返りをうったそうですから、かなり成長ぶりは早いようです。
お母さんの名はキイ子。職業は理容師です。 家で「キイ子理容)という床屋さんをやっています。一日中、立ちっぱなしですし、 女性としては、きつい仕事だと思うのですが、私を身ごもってからも平気で働いていました。
出産も軽く、五回ほど気張ったら、ポンと出てきたそうです。 時間にしたら、約二十分ですから、陣痛の苦しみはほとんどなかったといっていいと 思います。
寿元は、お母さんばかりでなく、お父さんも五、六年前から食べていたのが、 こんなに丈夫な私が誕生したひとつの理由かも知れません。 ですから、私も生まれたときから、手に寿元をつけて食べさせられました。 いまでは大好物のひとつです。

(鹿児島県在住・彩子ちゃん)
【わずか13分、出産の陣痛】
どうです。この堂々たる発育ぶり。え?単なるデブなんだろうって、 冗談じゃありません。
私をそこんじょらの水ぶくれ、脂肪ぶとりの赤ん坊といっしょにしてもらっては 困ります。肌はピチピチ、固太りの純粋の寿元ベビーなんですから。
私の名は、彩(あや)、昭和五十八年二月二十二日生まれのレディーです。
この写真は、生後五ヵ月のとき撮ったものです。八十四ページに出ているのは、 兄の将平です。兄はもう三歳になりましたが、その成長ぶりはまことにみごとなもので、 隣り近所でも優良児として評判です。
そして、とってもハンサムでしょ。将来、私が年頃になったら、悪い虫が つかないように、ナイトになってくれるんですって・・・。
私の出産時の体重は、三千百g。ママは妊娠中、ほとんどつわりがなく、 出産時の陣痛も、わずか13分ですんだそうです。
これも”常日頃寿元を食べているおかげ”といっていました。

(横浜市在住・彩ちゃん)
【あまりお産が軽く大騒動】
ボクのお母さんは、独身時代から寿元を食べていたんですって。 おばあちゃんが”丈夫な赤ちゃんを産むためにはこれをたべなさい”って、 むりやり食べさせられたんだそうです。
でも、いまは寿元を食べていて良かった・・・と思っているようです。 なぜって?ボクのような、元気で、ハンサムで、頭のいい子どもが授かったん ですもの。とうぜんでしょ!ね。
自己紹介が遅れました。ボクは雄一、二ヵ月。生まれたときの体重は、三千三百四十g でした。お姉ちゃんはとも美、二歳。生まれたときの体重は、三千gでした。
おばあちゃんの話では、お母さんが妊娠したとき、ほとんどつわりがなく、 お産もたいへん軽かったそうです。
これ、内緒の話なんですが、ボクの場合、あまりお産が軽くて、車で病院へ着くか、 着かないうちに生まれてしまって病院で大騒動、お父さんもびっくりしてしまって、 オロオロしていたとのことです。
ボクは、まだ生まれて五ヵ月ですが、元気いっぱいで病気ひとつしません。 おじいちゃんやおばあちゃんは”ウンこの子は、将来が楽しみだぞ、 賢そうにみえる”って、いまから親バカ?ぶりを発揮しています。
もう少し大きくなったら、ボクもお姉ちゃんと同じように、寿元を食べるつもりです。
そして、もっともっと丈夫になり、お利口さんになって、 おじいちゃんやおばあちゃんの期待を裏切らないように、がんばります。

(春日井市在住・雄一ちゃん)
【医師も驚く軽〜い出産】
北海道は函館生まれのハンサムボーイ、徳です。
この写真は、三ヵ月検診のとき撮ったものです。いかにも健康優良児って感じでしょ。
ボクが母の体内で十月十日育っている間、母は「つわり」というものがほとんど 感じなかったといいます。また、出産も、あっという間に終わり「こんな軽い出産 は珍しい」といわれたそうです。生まれたときの体重は、三千三百gでした。
実は、ボク、生まれてからすぐに、寿元という食べものの上澄みをのまされ、粉を スプーンでなめさせられました。おかげで、元気いっぱいに育ち、健康そのものです。
もちろん、母も寿元ファン。そのせいか、母乳はどんどん出るし、さすがのボクも もてあますほどです。
ボクに寿元を食べさせなさいとすすめたのは、おばあちゃんです。 おばあちゃんがある日、洗濯物を干しにかけていた時に、突然貧血で倒れ、救急車で 入院。
そのとき、友人から寿元を知らされて食べはじめ、それから見違えるほど元気になった んだそうです。以来、誰彼の差別なく「寿元は食べてみなければその良さはわからな い」とすすめ、ボクもその一人に選ばれたってわけです。
そのお陰で、ボクはご覧のように丸々と太って、元気いっぱい。 ”おばあちゃんありがとう”って、いつもボクはお礼をいっています。

(函館市在住・徳ちゃん)
【ほとんどなかったツワリ】
ボク、将平です。左上の写真は、生後四ヵ月の端午の節句祝いのときに 写したもの、下の写真は、翌年の誕生日に一升モチをウントコショと背負って 歩いたときのものです。
このときは、ちょっとヨロヨロはしたけど、ころんだりはしませんでした。 エライでしょう、エヘン、エヘン。
ボクのママって、それほど丈夫じゃなかったらしいんだけど、パパと結婚すると同時に 毎日欠かさず寿元を食べていたんだって。そのせいか妊娠してからも、ツワリがほとんど なく、出産もボクが初めての子なのに、あっという間に分娩したんだって・・・。 ボク、むずかしいこと、わからないけどさ。
ボクの一人歩きは、十ヵ月くらいから、五階の階段を上ることを覚えたんだけど、 おとなどもはハラハラして、なかなか一人で上らしてくれないんだ。つまらなかったナ。
ボクって男の子だから、よほどのことがないかぎり、メソメソ泣いたりはしない。 人見知りもしないョ。近所の人が、よくほめるんだ。
”肌はツルツル、固太り”って。
そしてね、ここが大事なところなんだけど、”目がとってもキレイ”なんだって・・・。 ボク照れちゃうな。
現在の体重は十五kg、身長八十二cm。

(横浜市在住・将平ちゃん)
田村豊幸(日本大学薬理学教授・医学博士)
寿元は、大豆からつくったもので、ネズミの実験ガンの延命作用まであるというのに まだ、それを知らない人がすくなくない。
ガン患者の中には糖尿病にかかっている人が決まって含まれているものだが 寿元は、その糖尿病にもよいことを知らない人がいる・・・。
知っている人、知らない人、食べる人、食べない人、
それも世の中というものであろう。



固太りで、知恵づきも抜群
【言葉が早く、覚えも良し】
聖子(しょうこ)でーす。よろしくお願いします。
この写真は、昭和五十七年一月一日に写したもので、生まれてから約九ヵ月だった ころのものです。
私のママは、八年前(娘時代)からの寿元ファンで、健康維持のため毎月三袋 欠かさず食べていたそうです(産前、産後には「特選」)。
そのせいでしょうか、初産なのに体重産前七百七十g、身長四十九cmと、 デカベビーでした。
成長の過程を報告しますと
■生後二週間で人影で目をはっきりと動かす
■生後二ヵ月の終わりに寝返りをうつ
■生後三ヵ月で左右自由に寝返りをうつようになる。また、お尻を持ち上げ、前へ 進む
■生後六ヵ月でどんどん這うようになり、一人で起きたり座るようになる
■誕生日半月前に十歩歩く
特長としては、
★色白で血色よく、足が丈夫★愛嬌よくて、いつもニコニコし、人見知りしない ★ほとんど泣かず、寝起きがとくによい★言葉が早く、九ヵ月くらいよりいろいろな ことを覚える★よく肥えているが、固太り。
私は生後二ヵ月くらいから「特選」を最初は指で少しずつなめさせてもらい、 次第にふやして、四ヵ月ころからは湯ざましでときて食べています。 毎日四〜五さじほどで現在まで続けています。

(北九州市小倉北区在住・聖子ちゃん)
(※当時は、特選寿元が最上クラスで、後に霊長タイプが作られました)
【生後三ヵ月でハイハイも】
弥生遺跡で有名な静岡県登呂で生まれた昌希(まさき)くんでーす。 来月で満二歳になりますが、この写真は一歳三ヵ月のときとったものです。
どうです!このハッピ姿、カッコいいでしょう。 ちょうど登呂祭りだったものですから、お母さんに頼んで着せてもらいました。
ボクのお母さんは、大の寿元ファン。ですから、ボクの生まれる前から、寿元をどんどん 食べていました。おかげでボクは元気いっぱい。いままでに、胎毒や湿疹、あせもが できたことがなく、肌がとってもきれいです。
それにボクは、生後五十日で寝返りをして、三ヵ月でハイハイができ、七ヵ月で 伝い歩きをし、十ヵ月で階段を上ったり、下りたりできました。すごいでしょ。
健康診断にいったとき、先生が”昌希くんは、特急ひかり号より早い”と びっくりしていたそうです。
もちろん、ボクもお母さんの影響をうけて、寿元ファンで、生後一ヵ月から寿元を毎日 食べています。そのせいでしょうか、成長が早いだけでなく、カゼひとつひいたことが なく、熱も一度も出たことがありません。
お母さんは、ボクに、”腕白でもいいから、健康で、思いやりのある子にそだつんだよ” と、いつもいっています。ボクもそうなりたいと思っています。

(静岡県在住・昌希くん)
【乳幼児選彰会で優良児に】
ボクの名前は、裕章。通称を”ひろちゃん”っていいます。よろしく!
ボクのおばあちゃんは、大の寿元ファン。ボクがお母さんのお腹の中にいた頃から、 寿元をモリモリ食べるようにお母さんにすすめていました。
そのおかげで、ボクが生まれたときの体重は、三千六百三十gもあり、とても育てやす かったようです。母乳もよく飲めたので、どんどん太りました。
もう八ヵ月なのでお部屋を這い回っています。 珍しいモノを見つけると、すぐ突進していきますので、おばあちゃんは ”とても目が離せません”と、よく人にこぼしています。
ボクも寿元が大好きで、スープの中に一さじ入れてもらったり、蜂蜜をかけ、 味をつけて食べたりしています。おやつは、もちろん寿元ビスケットです。
一回に三枚くらいは食べます。 でも、堅いのでゆっくりゆっくり時間をかけて食べるようにしています。
今度、ボク、富山市の健康乳幼児選彰会の予選、優良児に表彰されました。
”寿元ベビーのひろちゃんは、家の太陽です”って、おばあちゃんは 大喜びしています。

(富山市在住・裕章ちゃん)
【伝い歩きは早七ヵ月目に】
私のお母さんは、寿元ベビーの大先輩、千葉県の哲平お兄ちゃんのお母さん・千鶴子 鶴子おばさまと大の仲良しです。
千鶴子おばさまから、すばらしい寿元体験を聞いた私のお母さんは、その日から すっかり寿元党になってしまいました。
私の名前は、舞、昭和五十八年一月三十一日生まれの女の子です。 生まれたときの体重は三千百七十g、身長は四十八・五cmでした。
五ヵ月目から三回食で、寿元は一日にコーヒーカップ1/4ほどを五〜六回と、寿元玄食 二袋をぺロッとたいらげてしまいます。
そのお陰でしょうか、四ヵ月目で寝返り、五ヵ月でおすわり、六ヵ月でハイハイ、 七ヵ月で伝い歩きをするほど、早い成長ぶりです。
夜は七時頃寝て、朝六時頃、起きますが夜泣きは一度もしたことがありません。 現在、七ヵ月、体重七千九百g、身長六十九cmになりました。固太りで、性格も、 とてもしっかりしているといわれています。
でも、お母さんって、とてもきびしいんです。私が転んだときなど”自分で起きなさい” って、絶対に助けてくれません。私は、仕方なく自分ひとりの力で何とか起き 上がります。
いまは、早くひとり歩きがしたくてたまりません。お母さんに手をとってもらえば 歩けますので、もう少し練習を続けるつもりです。

(横浜市在住・舞ちゃん)
【四ヵ月で体重が十キロに】
どうです。ボクのこのすばらしいヌード姿。丸々と肥っちゃって、腕なんかポコポコに 張りつめているでしょう。
これで、まだ生まれてから四ヵ月なんですから、いかに発育がいいかわかるでしょ。
え?ちょっと肥り過ぎじゃないかって?そりゃ、たしかに、お腹なんか三段腹だけど、 空気デブ、水デブじゃありませんよ。固太りなんですからね。
誕生は、昭和五十八年九月三日。出産時の体重は、四千百五十gでした。 この写真は、ことしの一月二日、四ヵ月目に、おばあちゃんといっしょに撮ってもらった ものです。このとき、体重は倍以上ふえて約十kgでした。
ボクの名前は、淳。お父さんは省二、お母さんは雅子っていいます。
ボクは、もちろん、寿元ベビーです。ボクがお母さんのお腹の中にいたとき、 お母さんはボクのために、毎日、一生懸命にたくさんの寿元を食べ続けたんですって。
だからなのかなあ、ボクがこんなに丈夫で、お利口さんなのは・・・。
いまは、ボクも寿元を毎日食べています。みんなが、これを食べたら、ハンサムに なるよ・・・とか、健康になるよ・・・というものですから、自然に食べるように なったんです。

(大分市在住・淳くん)
【予想を上まわる成長ぶり】
生まれてから、まだ二ヵ月にもならないボクを囲んで交わされた わが家の会話です。
おじいちゃん「すばらしく飲みっぷりがいいから、お相撲さんにでもなるん じゃないかなあ」
おばあちゃん「手の動きが活発で、音楽に合わせてリズムをとったりしてい るから、ピアニストか指揮者になるんじゃないかしら」
おとうさん「蹴る力がとても強いから、サッカーの選手なんて向いているん じゃないかな」
おかあさん「お隣の裏庭まで聞こえるほどの大きな声だから、オペラ歌手なんて どうかしら」
皆さん、どう思いますか。 みんな勝手なこといっているでしょう。お母さんは、妊娠する前から寿元を食べ ていたので、どんな寿元ベビーが生まれるかしらと、かなりの期待をかけていた ようです。
それで、予想を上回る元気で逞しいボクが誕生したので、ますます関心が 高まり、このような会話になったわけです。
ボクとしては、こんなに期待されると、嬉しい反面、ちょっと辛いのですが、 とにかくみんなの期待を裏切らないように、これからも寿元を食べて、 がんばらなくちゃ・・・と思っています。

(横浜市在住・良一くん)
【固ぶとりで肌もパンパン】
皆さん、コンニチワ、私,宏美です。よろしく!
生まれたときは三千gとまあまあの体重だったんですけど、その後の成長が すごくて、この写真のような姿になりました。
一ヵ月検診のとき、看護婦さんが計り間違いをしたのかと思って二度もやり直した そうですから、その成長ぶりがいかにすごいかがおわかりいただけると思います。
お父さんは、”ひろみ(広身)とつけたのは失敗だったな、せまみ(狭身)とつけた ほうがよかったのでは・・・”と笑っています。でも、私は単なる水ぶくれデブじゃあり ませんからね。固ぶとりで、肌もパンパンに張っているほんとうの健康優良児なん ですから、誤解しないでくださいね。
私って、みんなに”愛嬌のいい子だ”って、ほめられるんです。 とくに、笑顔がいいんですって。テレちゃうな、私・・・。
でも、これも寿元のおかげかも知れません。なぜって、健康だから、 いい笑顔ができるんですものね。
私は、寿元はもちろんですが、とくに、口の中に入れると溶ける”玄食”が大好きで、 お姉ちゃんと取り合いをしながら、お菓子がわりに食べています。
これも私の健康法の一つかも知れません。

(長野県須坂市在住・宏美ちゃん)
【体格良く、カゼひきなし】
どうですか、このボクの福々しく、健康そうな顔。 いかにも”ボクちゃん、幸せ!”っていう感じでしょう。
自己紹介が遅れました。ボクの名は、真也。昭和五十六年二月十二日生まれですから、 満一歳ちょっとになります。
お父さんの名は三男で二十六歳、お母さんの名は輝子で二十三歳。 まだまだ新婚気分の抜け切らない、若〜い両親です。もちろん、ボクが長男です。
お母さんのおじいちゃんが鹿児島で寿元を普及している関係で、 四年ほど前から両親も寿元を食べ始めたそうですが、お陰で、ボクのような丈夫で ハンサムな寿元ベビーが誕生したわけです。
ボクは、ご覧のように体格も良く、固ぶとり。
いままでカゼひとつひかないほどですから、寿元ベビーの見本みたいなものです。 おまけに性格が良く、朗らかで、いつもニコニコしていますので、 近所の人気者です。

(鹿児島市在住・真也ちゃん)
藤井眞水(高野山真言宗大僧正・増徳院住職)
人間には、日々の食物がいちばん大切である。
昔から豆類が体に良いということは聞かされてきた。
特に、寺に育った我々の生活には、豆腐は欠かすことがない。
肉食より自然食が身体によいということであろう。
まして、大豆の原料により、寿元が生まれて世に出たことは、
まさに世の人々を救うためにあるものとしか考えられない。



色白、肌ピチピチ、目パッチリ
【色白のハンサムボーイよ】
ボク、秀征(ひでまさ)。昭和五十六年四月で満一歳になったハンサムボーイでーす。 体重? いまは十五kgぐらいかな。
生まれたときは、なんと四千g近くもあったそうです。 それでニックネームが、”デカちび”。口の悪い人は、”白ブタ”ともいいます。
ほんとうに失礼しちゃう。 こんなにかわいい、ハンサムなブタなんかいるものですか。皆さんだってそう思うでしょう。
丈夫に育った秘訣?
そりゃ何たって”寿元”だと思いますよ。ママもパパも、ずーと寿元を食べていたし、 ボクだって、生後一ヵ月ぐらいからパクパク食べたんです。
それも、水にとかないで粉のままでね。ほんとうにおいしいんですよ、あれ。 それもレギュラーより特選がいいんですね。
ママは時々渋い顔するけど、病気すること考えたら安いものですよ。 ママだってそう思うでしょ?
あと、ボクの好物は、レンコンの煮しめ、豆乳、玄米パン・・・。 とにかく、生後四ヵ月ぐらいから、おとなの食べる物なら何でも食べました。
ボク、これからも元気に育って男の中の男になります。 そしてパパやママを喜ばしてあげるの。期待しててね。
ママから一言=ことばの覚えも早いですし、発育も順調すぎるくらいです。 一人でいてもキゲンよく遊んでいて、ほとんど泣きません。固太りなので、その重い ことには悩まされっぱなしです。

(名古屋市在住・秀征ちゃん)
【親に似ず抜けるような肌】
ボク、泰明(やすあき)、ことしの九月で満一歳を迎えるやんちゃ坊主でーす。 よろしく!
出生時の体重は、約三千三百gとフツーサイズでしたけど、いまは標準をかなり 追い越す成長ぶりで、このままいくと健康優良児は間違いないと、親たちは目を 細めて喜んでいます。
お母さんは、ボクを産む四ヵ月前から寿元を食べはじめたそうです。 それまでは、ツワリが激しくてとても苦しかったそうですが、食べはじめたら、 ウソのようにラクになり、陣痛もほとんどなく、ボクを出産しました。
ボクの両親は、あまり色が白くなく、どちらかというと黒っぽいほうなのですが、 ボクはどうしてか、抜けるような白さ。色の白いのは、七難をかくす・・・とかいう 言葉もありますし、悪くない特徴だと思っています。
また、寿元ベビーは、元気がいい、やんちゃ・・・という定評がありますが、 実はボクもそうです。とにかく、元気で、一日中、部屋の中で騒ぎ回っています。

(大分県在住・泰明君)
【ピチピチ、スベスベの肌】
静岡の徹です。よろしくお願いします。 昭和五十九年一月十八日生まれですから、もうすぐ八ヵ月になろうとしています。
生まれたときの体重は、三千三百六十九g、現在は十kgになりました。 前歯も上下にはえています。
この写真は、浜名湖へ泳ぎに行ったときに撮ったものです。ご覧のように、色白で ピチピチ、スベスベした肌をしていますが、生まれて四ヵ月の頃は、もうたいへん だったんです。
皮膚炎にかかり、顔はグシャグシャで、汁は次から次から出るし、かゆいし・・・。 そのとき、お母さんは、寿元をせっせとつけてくれ、食べさせてくれたのです。
そして一ヵ月、寿元とともにがんばったおかげで、全快、このような、きれいな肌に なったというわけです。
お母さんは、寿元を妊娠八ヵ月の頃から食べはじめたのだそうです。 そのせいか、母乳も充分。ボクも寿元は大好きで、離乳食やおやつがわりに、 寿元ジュースにと食べています。
妊娠中に寿元を食べると色白の子が生まれるっていいますけど、ほんとうなんですね。 だって、うちのお母さんは、色が黒くて、それがいちばんの悩みだったらしいんです。
”徹くんって、色が白いね”と近所の人にいわれるたびに、お母さんは嬉しそうに ニコニコしています。

(静岡県在住・徹君)




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